2011年04月09日
被災地支援へ
みなさんお久しぶりです。
探検隊員の”ねぎお”です。
3月11日の東日本大震災の発生から、早4週間以上が過ぎました。
一昨日(4月7日)は大きな余震もあり、やっと落ち着きを取り戻しつつある被災地でも、電気・ガス・水道が再び止まってしまったところもあり、不安な状態に逆戻りしてしまった様子・・・
みなさん、いかがお過ごしでしょうか?
皆さんの健康・安全がまず第一です!
無理をせずに、復興に向けて日々を大事に過ごしましょう!
さて、鹿角地域では、幸い直接の大きな被害は発生しませんでしたが、連日、現地の被害の大きさを伝える報道が続き、私自身、大変ショックを受けてしまいました・・・
そんな中、3月30日より秋田県職員・秋田県内市町村職員が被災地支援ボランティアとして派遣されることとなり、私ねぎおも、3月31日~4月3日の日程で、岩手県山田町へ派遣されました。
山田町は、北に宮古市、南に大槌町、釜石市があり、ねぎお自身、小学生のころに家族旅行で訪れたこともある町。
小学生のころの訪れた際、海を見ようと港に向かっていっても、高さ4~5mはある防波堤(防潮堤)が海岸線に沿ってどこまでも続いており、今となっては不謹慎ですが、「つまらない景色が続くな~」、というのが当時の率直な感想でした。
派遣日当日は、午前8時半より秋田市を出、順次、能代・大館市と県北部を回り、鹿角地域振興局には11時着、現地に向けて出発、午後14時50分ころ、山田町役場に到着しました。
現地に着くと、被害の大きさを実感しました・・・

がれきの山が続き、元がどのような風景だったのか、全く分かりません・・・

店舗などは津波にさらわれ、無残な状態に・・・
市街地中心部の町役場前は、震災直後、火事が発生し、一晩火災が続いたそうです・・・

そんな中、鹿角地域振興局から派遣された私たち2名は、避難所となっている「山田町立大沢小学校」の支援ボランティアとして配属されました。
避難所では、電話・電気・ガスは復旧していましたが、上下水道は不通の状態。
運営に関しては、山田町役場から派遣されている職員の方と、教職員の方たちが総務を、避難所に入居されている男性は日中は職場へ、時間のある人は水汲み、火の番など力仕事を、女性は食事の準備、配膳などをし、入居者みんなで役割を分担しながら避難所運営を行っており、さらに、日中は近所に住む高校生ボランティアの協力もあり、和歌山赤十字社から医療チームも派遣され、被災から3週間経っていることもあって、避難所での生活は非常に安定しており、子供たちの元気な声が響いていました。
そんな中、私たちは、手が足りていない部分(水汲み、掃除、支援物資の受入、倉庫からの搬出など)をお助けしました。
さらに、日々の生活の中では、有志のボランティアの方たちもひっきりなしに来ていました。
4月2日には、大仙市から「肉のわかば」さんが炊き出しとして焼肉の提供があり(大曲の商工会からの支援だったそうです)、4月3日には岩手県の生協が牛丼の炊き出しを、同日には、秋田県でネットショップを運営されている方が、購入者と協力し、東京よりレンタカーを借り、18L缶入の灯油を30缶以上&トイレットペーパー、食料品などを差し入れに来ていただきました。
(支援中の写真が無くてすみません・・・)
現地の人たちは本当に大変な事態に直面し、辛い日々が続いていると思いますが、復興に向けて、力強く明日に向かって突き進んでいます。
そして、全国が、東北の復興に向けて一致団結して支援の手を差し伸べています。
3泊4日と短い間で、本当に被災者の方たちの力になれたのか疑問ですが、逆に、「これなら東北は確実に力強く復興する!」と希望をもらえた、自分にとって大変有意義な経験となりました。
探検隊員の”ねぎお”です。
3月11日の東日本大震災の発生から、早4週間以上が過ぎました。
一昨日(4月7日)は大きな余震もあり、やっと落ち着きを取り戻しつつある被災地でも、電気・ガス・水道が再び止まってしまったところもあり、不安な状態に逆戻りしてしまった様子・・・
みなさん、いかがお過ごしでしょうか?
皆さんの健康・安全がまず第一です!
無理をせずに、復興に向けて日々を大事に過ごしましょう!
さて、鹿角地域では、幸い直接の大きな被害は発生しませんでしたが、連日、現地の被害の大きさを伝える報道が続き、私自身、大変ショックを受けてしまいました・・・
そんな中、3月30日より秋田県職員・秋田県内市町村職員が被災地支援ボランティアとして派遣されることとなり、私ねぎおも、3月31日~4月3日の日程で、岩手県山田町へ派遣されました。
山田町は、北に宮古市、南に大槌町、釜石市があり、ねぎお自身、小学生のころに家族旅行で訪れたこともある町。
小学生のころの訪れた際、海を見ようと港に向かっていっても、高さ4~5mはある防波堤(防潮堤)が海岸線に沿ってどこまでも続いており、今となっては不謹慎ですが、「つまらない景色が続くな~」、というのが当時の率直な感想でした。
派遣日当日は、午前8時半より秋田市を出、順次、能代・大館市と県北部を回り、鹿角地域振興局には11時着、現地に向けて出発、午後14時50分ころ、山田町役場に到着しました。
現地に着くと、被害の大きさを実感しました・・・
がれきの山が続き、元がどのような風景だったのか、全く分かりません・・・
店舗などは津波にさらわれ、無残な状態に・・・
市街地中心部の町役場前は、震災直後、火事が発生し、一晩火災が続いたそうです・・・
そんな中、鹿角地域振興局から派遣された私たち2名は、避難所となっている「山田町立大沢小学校」の支援ボランティアとして配属されました。
避難所では、電話・電気・ガスは復旧していましたが、上下水道は不通の状態。
運営に関しては、山田町役場から派遣されている職員の方と、教職員の方たちが総務を、避難所に入居されている男性は日中は職場へ、時間のある人は水汲み、火の番など力仕事を、女性は食事の準備、配膳などをし、入居者みんなで役割を分担しながら避難所運営を行っており、さらに、日中は近所に住む高校生ボランティアの協力もあり、和歌山赤十字社から医療チームも派遣され、被災から3週間経っていることもあって、避難所での生活は非常に安定しており、子供たちの元気な声が響いていました。
そんな中、私たちは、手が足りていない部分(水汲み、掃除、支援物資の受入、倉庫からの搬出など)をお助けしました。
さらに、日々の生活の中では、有志のボランティアの方たちもひっきりなしに来ていました。
4月2日には、大仙市から「肉のわかば」さんが炊き出しとして焼肉の提供があり(大曲の商工会からの支援だったそうです)、4月3日には岩手県の生協が牛丼の炊き出しを、同日には、秋田県でネットショップを運営されている方が、購入者と協力し、東京よりレンタカーを借り、18L缶入の灯油を30缶以上&トイレットペーパー、食料品などを差し入れに来ていただきました。
(支援中の写真が無くてすみません・・・)
現地の人たちは本当に大変な事態に直面し、辛い日々が続いていると思いますが、復興に向けて、力強く明日に向かって突き進んでいます。
そして、全国が、東北の復興に向けて一致団結して支援の手を差し伸べています。
3泊4日と短い間で、本当に被災者の方たちの力になれたのか疑問ですが、逆に、「これなら東北は確実に力強く復興する!」と希望をもらえた、自分にとって大変有意義な経験となりました。
Posted by のんびり探検隊 at 08:00│Comments(1)
│その他
この記事へのコメント
まだこういう状態なんですね。
なんと書いたらいいのか言葉が見つかりません。
支援活動本当にご苦労様です。
応援の方々も怪我をしたりしているので心配です。
貴重な体験談と画像ありがとうございました。
私もできることを探して頑張りたいと思います。
コロ
なんと書いたらいいのか言葉が見つかりません。
支援活動本当にご苦労様です。
応援の方々も怪我をしたりしているので心配です。
貴重な体験談と画像ありがとうございました。
私もできることを探して頑張りたいと思います。
コロ
Posted by 美しい森(どんぐりのコロ)
at 2011年04月09日 10:20

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